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漫才の普遍性と深み

一般的に「優秀な漫才」とみなされるための必要条件の一つに、客層を選ばない普遍性があります。
誰にでも分かる言葉で、誰にでも分かる面白さをしゃべりだけで提供すること。
これが漫才師の目指す理想であることは、今も昔も変わりません。
しかし、漫才という長い歴史をもつ演芸においてこの条件を満たす可能性のあるものはほぼ出尽くしたと言ってもいい状態なのです。
結局のところ理想は理想でしかありません。
人それぞれが好きなものを好きなだけ、という時代背景の中でお笑いはターゲットを絞ったライブを主軸とし分裂していくことになるのだろうと暗いことも考えてしまいます。

一方で、そんな現代だからこそ生まれたポジティブな要素も存在します。
それは、意図的にある程度の客を切り捨てることでボケに深みを持たせる技術です。
この点に関しては、正当派でなおかつボケを分解してもクオリティが落ちない学天即のネタを抜粋して考えていきたいと思います。

・ 「ビリオンセラーや」「十億!?」
・ 「真ん中梅干でまわりほうれん草」「バングラディッシュやんか」
・ 「ここまではエピローグ」「プロローグやろ」

いずれも僕がお腹が痛くなるほど笑ったボケです。
どれも客にある程度の知識を要求していることが分かると思います。
知らなければ笑いようがない以上、上述した普遍性を伴っていません。
しかし、現実にはこれらは単体ボケとして異常なほどの破壊力を持っています。
これは、深みに由来する力です。

ビリオンという英単語やバングラディッシュの国旗を知っている人でも、その記憶は脳の最奥に近いところにあるのが普通です。
ボケた瞬間はなんのことだか分からない。
そこにツッコミが正解を与えるという過程によって、快感にも似た笑いが生まれることになるのです。
長らく触れていなかった脳の隅っこをくすぐるという高尚な技術が使われています。

三つ目においてはもうひとつ巧妙な仕組みがあります。
言葉自体を知っている人でも、プロローグとエピローグという単語の区別を意識している人は少ないと思われます。
つまり、ボケた瞬間どころかツッコミが指摘するまで全く気付かないというレベルのギリギリのボケなのです。
ツッコミによってボケに気付くというプロセスは、完璧な不意打ちを実現しています。

客の一部を完全に置いていくことで使えるこの手法は、安易に用いていいものではありません。
しかし、ツカミやたたみかけのきっかけなど勝負に出るときの切り札には適しています。


こういうところにこそ、正当派しゃべくり漫才が生き残る道があるのではないでしょうか。

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