スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
-- : -- : -- | スポンサー広告 | page top↑

ブラックマヨネーズに見るケンカ漫才の可能性

M-1グランプリ2005チャンピオン。
この肩書きすらも、ブラックマヨネーズの実力を示すには不十分であると言わざるを得ない。

二人の漫才の面白さについては、もはや議論する意味はない。
見ている側に演者のキャラクターなどの前知識を要求することもなければ、客層も選ばない。
台本そのものが面白いという、典型的な実力派である。
ここでは、その漫才の構成の妙に迫ることでケンカ漫才の可能性について考えてみたい。

彼らの漫才は、ボケツッコミの入れ替わりを起点として二部に分けられる。
前半は、悩み相談に対して示される小杉の提案に対し吉田が延々と苦言を呈し続ける。
ここでの見どころは、吉田のあまりに神経質な、しかしわずかな共感を含んだ絶妙にスケールの小さないちゃもんである。
後半からは、それによって追い詰められた小杉が無茶な案を提示し、吉田はそれに突っ込む。
注目すべきは、ここでのツッコミが根本をつくものではなく現実的かつ具体的な問題を挙げている点だ。
ボケとツッコミという役割の交代がありながらキャラクターはぶれず、かつ提案する側とされる側という会話における立場は変わらない。
客に違和感を全く感じされないまま入れ替えを行うこの手法はマジックに近い。
そのタネとしてもうひとつ挙げられるのが、ターン制を用いていることである。
一に対して必ず一を返すリズムの良い掛け合いの中に交代の瞬間を忍ばせることでさらに分岐を意識しにくいものにしている。

では、そもそもなぜボケツッコミの交代によって漫才が面白くなるのか?
それは、後半に小杉がボケるための必要条件が前半の吉田のボケによって満たされているからだ。
ある種類のボケが発生するための背景をあらかじめ示しておくことで、単独では突飛に思えてしまうボケに共感の力を乗せて成立させている。
これは本来コントで用いられる技術である。
面白いのは、そのボケの必要性を消去法によって発生させている点だ。
小杉のボケを直接的に導くのではなく、それ以外のまともな道をふさぐことで異常な提案をせざるを得ない状況まで追い込むという方式は、あの加速度的な漫才を生み出す核となっている。


ブラックマヨネーズの漫才の構成はケンカ漫才として完璧であるということは疑いようがないと僕は思う。
おそらく、ケンカ漫才という演芸には未知の可能性と呼べるものはほとんど残っていないのであろう。
そのことには、はっきりとした寂しさも感じる。
同時に、何十年後かにこのジャンルにおいて彼らを超えるような漫才師が現れるとすれば、そのときこそ革命と呼べるほどの進化がもたらされるのではないかと期待している。

関連記事
00 : 18 : 33 | お笑い | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
<<THE MANZAI 2014 優勝予想 | ホーム | 男女漫才の構造とその強みについて>>
コメント

コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバックURL
http://sugunomu.blog.fc2.com/tb.php/134-9774dd5f
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
| ホーム |

プロフィール

マルヒト

Author:マルヒト
お笑い好きってか芸人好き
モットーは脱力
頑張って力抜きます
ツイッター@maruhitoOI

最新記事

カテゴリ

お笑い (71)
芸人考察 (14)
小林賢太郎 (3)
オンバト+ (43)
未分類 (6)

タグ


検索フォーム

月別アーカイブ

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

QRコード

QR

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。