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現代に必要とされるバナナマン的手法

バナナマンのライブを見たことがある方は分かると思いますが、彼らのコントでこみ上げてくる笑いは特別なものです。
本当に力の抜けた笑いが口からふっと抜けていく。
何の前触れもなくおかしさがふつふつとこみ上げてくるのです。
それはやはりバナナマンのコントがそういう風にできているからであり、設楽さんの狙い通りなのです。


コントというよりコメディ。
客に向かって話しているというよりは、そこに本物の状況と掛け合いが存在しているかのよう。
出てくるセリフが笑いをとるためのものではなく、ナチュラルさを前面に出すドラマのような言葉選びが効いています。

これがもたらしているのものは、観客の油断です。
お笑いを見る人間は、どんなにリラックスしているつもりでも笑いに対して構えています。
ガードの上から殴っても威力はほとんど殺されてしまう。
まずはガードをこじ開けることが先決です。
そのための技術が上記のような自然な構成と演技。
客の構えをやさしく一つずつ振りほどいていき、演技に引きこまれたところで攻めていく。
これを実現しているのが台本と演技のナチュラルさなのです。


では、なぜこのような笑いが世間に浸透していないのか。
それは賞レースの存在、言いかえれば時間制限が主な要因だと思われます。
先述したガード崩しにはある程度の時間が必要であり、それは現代のメディアでは許されないような規模です。
バナナマンでさえ最低でも五分はかかるでしょう。
この時間という制約はかなり笑いの幅を狭めています。

このようなことから、このバナナマン的手法はライブでしか通用しないことになります。
しかし、それは同時にライブの特殊性を見出す要素として認められるということでもあります。
テレビとの差別化を図りコントをより純度の高い演芸に昇華させるには、これは大事なポイントであるように感じます。


バナナマンのように演技と台本の技術を両立させるのは極めて難しいことだとは思います。
しかし、バナナマンがいつかコントを辞めたとき、こういうコントの後継者がいないのは非常に寂しいです。
そのような芸人が育つためにも演者はライブや舞台を大切にしてほしいと考えます。

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