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漫才型コントの衰退に見る漫才の優越

コントという演芸の最大の特徴は自由度です。
舞台上で何を使っても何をしても本人たちが「これはコントだ」と言えばコントになります。
お笑いになじみがない人たちの中には「コントじゃない」と簡単に言う人もいますが、それはその人が勝手に定義したコントの範疇に収まっていないだけです。
コントに定義はありません。


しかし、「賞レースで勝てるコント」となると一気に制限がきつくなります。
最近、特に風当たりが強いのは漫才型のコントです。
このコントのピークはサンドウィッチマンのキングオブコント準優勝の頃でしょう。
彼らは典型的な漫才風コントで純粋コント師の東京03と競り合いました。
翌年優勝のキングオブコメディも漫才風味が多少はありました。
2011年からそのようなコントは決勝戦に来ることすら難しい状況になります。

そういう時代を作ったのは審査員や芸人ではなく、準決勝の客です。
テンポのいい掛け合いや言葉遊び、歯切れのいいツッコミを見て「それは漫才でやれば?」と一瞬でも頭をよぎった客はそこからついていかなくなってしまうのです。
準決勝に来るようなお笑い好きの客は特にそういう感情が強いです。
その理由の一つとして、芸人への愛情過多があります。
漫才をコントに焼き直している漫才師がコント一本でやっている芸人の決勝枠を奪ったとなれば、納得がいかない悔しさを感じるのはやむを得ないことだと思います。

それに受けて新たに台頭してきたコント師にはあからさまな特徴があります。
いわゆるボケとツッコミの区別が曖昧なコントです。
さらば青春の光は、設定がボケ、東口が登場人物、森田がリアクション。
バイきんぐは、展開がボケ、西村がそれを伝える係、小峠がリアクション兼ツッコミ。
ジグザグジギーは、展開がボケ、宮澤が登場人物、池田はリアクションまたはツッコミです。
漫才っぽさを消すには、まさにここがポイント。
いかにボケとツッコミの役割をぼかすかということです。


その一方で漫才中にコントに入る漫コンというジャンルはあまりにメジャーなため、最近でもひどい弾圧を受けることは少ないです。
お笑いが好きでない方は、今でも多少うるさく言いますけど。
そこを考慮すると、現代の賞レースにおいてはコントに対する束縛は漫才よりきつくなっていると思います。
今では漫才師のほうが自由にのびのびとネタをやっているように見えます。
しかも、それが一般視聴者に理解されていないということが恐ろしいところです。
決勝戦を見るのはほとんど一般視聴者なのに。

そういう問題が起きる中で上記のような近代コントを僕は気に入っているので、個人的にはコントはこのままであって欲しいと思っているのが悩ましいところです。

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