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笑いのレベルと客層の関係性

お笑いとは、本質的に「劇」であり「芝居」の一つのジャンルです。
ネタの台本が決まっていてそれを演じているわけですから、そういうものとの違いはありません。

では、なぜお笑いだけが見下されているのか?
その主要因は笑うという現象の中に「嘲笑」がそれなりの割合を占めていることだと思います。
残念なことに、人間が最も嬉しい楽しいと感じられる物事は他人の不幸です。
だから、芸人はコンプレックスをひけらかしたり痛みや屈辱を積極的に受けるのです。
そういう笑いの取り方はすでにTVにおいて確固たる地位を築いて久しいので、解消することはできません。

問題はその逆のお笑い。
すなわち、尊敬される笑いや媚びない笑いのことです。
これは芸の幅が非常に広がり新しい笑いを生む代わりに、人を笑わせるという点で弱くなります。
実際、これが現代においてTV界の第一線で活躍するのはほぼ不可能と言っていいでしょう。
特徴としては、笑いどころが伝わりずらい、客側にある程度の知識とセンスを求める、表現に時間を要するなど。
こんなお笑いがテレビの前で寝転んでいる不特定多数の人間にウケるはずがありません。

劇場やライブではこれが逆転します。
何千円も払って芸を見に来た客は相応に価値がある笑いを欲しています。
賞レースの予選などに来る客はほとんどがこの層に該当するので、テレビで放映される決勝とでは場が全く異なることになるわけです。

ここで大事なのは「価値がある笑い」とは何かということ。
抽象的に言えば、特異性の高い笑いのことです。
他の芸人にはできない、いままでにない笑わせ方が必要になります。
これを実現するのは「徹底的にバカなネタ」、「徹底的に練られたネタ」のどちらかです。
高尚な笑いというと普通は後者がイメージされますが、本当にバカなネタは頭のいいネタと同じように尊敬の念さえ抱かせるものです。


しかし、世間で褒められるのはこのどちらでもないいわゆる優等生なネタばかりです。
分かりやすい老若男女に通じる鉄板のネタこそが芸の本質であるという風潮が長らくあります。
そういう話を聞くたびに、僕は「そんなネタはこの世に存在しない」と思わざるを得ません。
誰にでもウケるようなネタ作りが大事なことなのは間違いありませんが、それが芸における絶対的な正義だという考えは間違っています。
少なくとも、僕はそういうネタはあまり好きではありません。
芸人という特別な人間が表現する特別な笑いをいつも期待しています。
芸を見るのが好きな方々はそういう人が多いのではないでしょうか。


挑戦的で客にストイックな笑いが評価される場がこれから増えてほしいと思います。

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