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サンシャイン池崎を考える

ワタナベエンターテインメント所属のピン芸人。

彼の芸の中核は「すかし」である。
この技術は本来メインに据えられるようなものではない。
元々、「裏切ると見せて裏切らないこと」がすかしの定義なのだから、ボケやパターンの中に忍ばせて使われる以外に用いる場面がないからだ。
料理でいえばスパイスの役割を果たすものであり、主役になることはない。
しかし、サンシャイン池崎はそのすかしを主体に見事なキャラクター漫談を展開し、他の芸人とは一線を画した。
そこには、ハイテンションなキャラと大声に隠された巧妙な仕掛けがある。


まず、彼のキャラクターの大きな特徴は「中身の無さ」である。
なんともいえない微妙な格好でごく普通のことを大声で叫ぶ。
デブでもガリガリでもなければ、ブサイクでもイケメンでもない非常につかみどころのないキャラ。
この実態のないふわふわしたキャラクターこそがツカミとなるすかしであり、サンシャイン池崎の芸風を象徴している。
ネタに入ってもその芯は全くぶれない。
キャラクターから一切の制約を受けることなく、自由な展開を見せる。
ある程度クオリティの低いネタでも、実態のないキャラクターに負けることはないから客のハードルを下回ることもない。
これらの点が、彼のすかしがネタの主役として独立できる理由である。

そもそも、ピン芸人がすかしを使うということ自体が特殊である。
というのも、通常この技術はピン芸では利用されない。
その原因はツッコミの不在である。
最も純粋なすかしとして「ボケると見せかけてボケない」というものを例にとってみる。
これには「ボケへんのかい!」というツッコミが必須であることが容易に分かる。
実際にはボケていないのだから笑うタイミングがない。
それを与えるためのツッコミがなければ、ほとんどのすかしは成立しない。
おのずとピン芸人はそれを封じられていることになる。

サンシャイン池崎の芸においてこれを解決しているのが「イエーイ」である。
すかしているということをアピールしつつ笑うタイミングを与える決め台詞。
ここに「イエーイ」という言葉を選んだことは、素晴らしいファインプレーだと思う。
最高レベルの知名度と中身の無さを誇るこのフレーズはネタの中で重要な役割を果たしている。

以上のような要素があってこそ、サンシャイン池崎の独特な笑いは成立している。


彼がフリもツッコミも無しで「すかし」を独立させたことを、僕は大きな功績だと思っている。
これからも、サンシャイン池崎というキャラクターが可能性を広げていく様をぜひ見届けたい。

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18 : 34 : 40 | 芸人考察 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑

モグライダーを考える

マセキの中ではかなりの正当派漫才師。

このコンビを見ていると、ときどき古典落語が思い浮かぶ。
話の分からない男と教養の深い常識人の軽妙な会話。
そういう少し古めかしい懐かしさがこみ上げることが多いということだ。


ボケのともしげは非常に分かりやすい天然。
ある程度は掘り下げないと表に出ないタイプの天然もいるが、この人は出てきて一言喋れば人柄がすぐに伝わってくる。
生まれ持っての声と喋り方、Tシャツ短パンがキャラのプロデュースとしてとても正しい。

この人が最も生きるのは言い間違いネタだと思う。
もともと滑舌に難があるため、ネタにない言い間違いがちょくちょくある。
そこに本ネタの間違いを混ぜられたら、ネタか天然かの区別はほとんどつかない。
そうなることで客はセオリーもリズムも無視した不意打ちを食らうことになる。
それが連鎖したときはボケの力がどんどん増幅していく。

この構図は、近年広がっているネタとひな壇の環境の差異を解決するひとつの方策としての可能性を秘めている。
漫才とひな壇で同種の笑いが作れれば、売れる方向に向かいやすくなるはずだ。


ツッコミの芝はいわゆる優等生型。
客の代弁というよりは客の一歩前を歩き、引っ張っていく存在。
特徴的な声と温度幅の大きいツッコミが武器になっている。
ワードにしてもタイミングにしても「遊ぼう」という意識が強く感じられる。
あえて芯を外すようなセリフは僕が非常に気に入っている部分だ。

ツッコミでありながら一歩引いたシニカルな目線を持っている珍しいタイプだと思う。
若干怪しい風貌ともキャラが合っている。



彼らの漫才を見ると、二人ともいい相方に出会ったんだなあと感じる。
これからも気負わずに漫才を続けて欲しい。

02 : 40 : 01 | 芸人考察 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑

相席スタートを考える

約十年ぶりに、はっきりと当たりだと感じた男女コンビ。
また、山崎恵は田上よしえ以来の本格派女性芸人だとも思っている。


漫才の話より先に、まずは山崎さんのビジュアルに注目していだたきたい。

女芸人が自分はブスだという自虐をメインの武器にするのはベタ中のベタである。
しかし、大抵のブサイクは作られたものだということは否めない。
短髪でダサいメガネと服を着て「自分はブスだ」と声を上げる。
そこには当然、あざとさが残ってしまう。
見る側は「そんな格好してるからだろ」と突っ込みたい閉塞感をいつもある程度は抱えている。

山崎さんのビジュアルはそのもやもやを絶妙に晴らしてくれる。
「精一杯の背伸びをしているイケてない女性」というリアルさが素晴らしい。
最初に二人の漫才を見たときに、自分が女性芸人にいつも感じていたフラストレーションの正体がはっきりと浮かび上がり見事にそれが解消された。
それ以来、相席スタートの漫才を見ると開放感が湧いてきて気持ちがいい。


肝心の漫才の台本は、ベタな男女あるあるが基本だ。
その中でも、他とは異なる強みが見られる。
端的に言うと、「ノーミス」だということである。
山崎さんの「女の主張」とそれに対する山添さんの「男のリアクション」がことごとく正しい。
今のところ、二人の漫才のセリフでズレていると感じたことは一度もない。
そこでは、山添さんの外見も効いてくる。
見た目上、「あまり女性の気持ちに敏感でない素直なイケてる男性」に見える。
実際にそうである必要はなく、見えるということが大事である。

もうひとつの長所としては、人間性の提示の上手さがある。
台本の中に本音を混ぜることで、漫才にアドリブ感のある熱を持たせること。
これがとても丁寧に実践されている。
人間性の中から、きれいに笑える部分だけを抽出して上手く表現されているということだ。


男女の性差の面白さを広めていくためにも、これから是非のし上がっていって欲しい。

23 : 33 : 10 | 芸人考察 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑

三四郎を考える

力強さと若々しさが特徴のマセキの漫才師。


このコンビは役割が固定されていない。
相田ボケ、小宮ボケ、両ボケ、交代ボケ、すべてをこなす。
特筆すべきは、そのどれもが全く別の方向に優秀であるという点だ。


相田のボケは一般的な若手漫才師として上手い。
感情の見えない表情や低い美声など、生まれ持ったものも一役買っている。
それに対して小宮も滑舌以外はツッコミとして実にスタンダードで優等生だ。
ハイトーンな声と言葉選びの力がよく効いている。


その一方で、小宮のボケは粗く独創的で人間味がある。
ネタというよりは小宮本人の愚痴や暴露に近い。
ネットスラングや内輪ネタ、犯罪や個人名までも口に出して暴走する。
とても一般のメディアに出せるようなものではない。

だが、僕はこの芸風が好きでしょうがない。
本人の挙動不審さと不安定さも相まって、限りなく真に迫った喋り。
もともと自身が持っている人間性がそこにそのまま出ていて心地いい。
さらに、滑舌の悪さが暴力性を緩和し、面白さが前面に出ている。
これらの要素に若手らしいワードセンスが加わり、ネタとして出来上がっている。


二人が世に出るきっかけになるとすれば、優等生らしい良質のネタだろう。
しかし、ネタから外れれば、小宮の落ち着きのない性格が必ず生きてくる。
そこでは、ネタと違いしっかり役割分担がされるはずだ。


彼らが売れてしまう前に、今のうちに二人の若いネタをしっかり見ておくべきだと思う。
22 : 40 : 01 | 芸人考察 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑

マヂカルラブリーを考える

野田クリスタルと村上によるキャラクター漫才コンビ。


キャラ漫才において最も大切なのは、一般的に言われる手数や練習量ではない。
知名度だ。

今、一番有名であろうキャラ漫才師のオードリーが典型的な例である。
彼らがある大舞台で爆発を起こした当時、二人はある程度の人に知られていた。
もちろん、現在と比べれば雲泥の差ではあった。
問題はそこではなく、会場の一部の観客に知られていたことこそが重要だ。

キャラ漫才師が最も恐れるべきは、笑いどころが最後まで伝わらずに終わってしまうこと。
当然、それは知名度が0に近ければ非常に起こりやすい。
しかし、100人の客のうち20人でも知っていればその人たちの笑いで笑いどころが伝わる。
その20人を獲得して初めて手数や練習量がものを言う。


では、知名度のないキャラ漫才師はどうすればよいのか。
マヂカルラブリーはその答えとして一つの形を示している。


まず、根本的に台本の出来がいい。
キャラ漫才ではなく、正当派漫才のネタとして見ても違和感がないくらいにしっかりしている。
それは、キャラに頼らず台本の力を前提としたネタ作りをしていることを示している。

キャラクターは漫才を60点から80点にするものではなく、78点を80点にするもの。
それこそがキャラ漫才に対する正しい認識だ。


もう一つの特徴は仕組みを固定しないということ。
このコンビはいわゆる天丼や伏線などのセオリーをしばしば使う。
しかし、同じ手法を使い続けるということはない。
それは、使うべきところだけで使い無理には入れてこないからだ。

ある方法で爆発的にウケたとしても、それを自分たちのカラーにしようとはしない。
その場のウケにおぼれるのではなく、上手く切り離す能力があることが分かる。



キャラ漫才でありながら常に漫才に真面目であり続けるのがマヂカルラブリーのあり方だ。

12 : 01 : 31 | 芸人考察 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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